Y's Complex: こんな人間になってませんか?

Y's Complex

Anyhow, it is thinking. It is devising.
And it is doing. What is necessary is just to redo,
if it fails.

About This Blog
ここは安井のきままな思いを綴る、自由奔放なまったく意味のないブログです

コメントはこちら 掲示板 まで

移行前の日記は こちら から.

TOTAL
みんなでクリック!
こんな人間になってませんか?
2007/04/18
通勤用のカバンを買った。カバンってかリュック。手提げカバンよりもリュックで通勤。見た目よりも機能があるのが好き。両手が使えるのって何かと便利。
でも不便なこともある。外のポケットがメインの入れるとコトの結合部分と同じととこで縫い合わさってるのね。
だから、外のポケットの底にあるのが、メインの入れるとこに入れたやつの下敷きになってしまう。
って、書いてて解りづらいな。とりあえず、外のポケットにモノを入れづらいってこと。
これは実際に使ってみるまで解らんかった。
そういうことってよくある。やってみなくてはわからないこと。でも、何もしなくては何も感じられないってことだ。
やらずに後悔よりも、やって後悔派の安井です。何が言いたいんだか、、、こんばんは。


「IT Pro」ってサイトになかなか面白いコラムが載ってた。

====================================================
『想像力の欠落が大惨事を招く』

ずいぶん前になるが、これは東海村でプルトニウムのバケツリレーやってたら臨界事故を招いた事件のときに柳田邦男が評論していた内容だ。
「そもそも『これをやったら、こうなる』という推理をしながら、やらないからこうなるわけだ。
『幼児がうるさいから殴ったら、死んだ』とか『いじめてたら自殺した』とか。
最近の日本人は想像力が欠落している」とかいう話だった。

仕事でも同じことで、「電話しなけりゃこうなる」とか「説明しなけりゃこうなる」とか思うわけだ。
「だから、どうしてそれをやったら(もしくはやらなかったら)どうなるか想像してみなかったのだね?
こうなることは火を見るよりも明らかではないか」とプリミティブな失敗をやらかした某君に昨日説教をしてたら・・・

「自分はそういうのが苦手なんです。想像力が乏しいんです。どうすればできるようになりますか?」と聞かれた(ってか逆ギレ?)。
それで、僕なりの回答を書いておく。
「おまえが仕事だと勘違いしているそのつまらない一連の作業をやめてみろ」

気がつかないのは心に余裕がないから。
まず、つまらない作業を後回しにする。
(つまらない一連の作業とは自分の判断がはいらない、自分の責任にならない、
誰かに頼まれてやってるナニカだよ)

そうすると時間があく。

・・・空いた時間で考えろ。
「なにを、ですか?」
そうだ!なにを考えるべきか、から考えるのだ。
つまらない作業はそのあとでやればいい。
まず机の上を完全に空にせよ。なにも置くな。

これは結構難しい。つまらない作業をやっていると不思議と充実感がある。
遅くまでやって、おれ御苦労さん感がある。
一時間、二時間、びっちり作業をしてると仕事ガッツリ感がでてくる。
そもそもつまらない作業は着手しやすい。
…これに逃げるのだな、人は。

机の上になにも置かずに腕組みをして「うーん」と唸る。
周りからみると全く仕事してない。
でもこれが大事なんだ。君にはね。

臨界事故はどこでも起きうる。気をつけろ。
====================================================

なかなかおもしろいことを言うやん。
確かに言われたことをただやるだけってのが多いのはうなずける。
んで、それが楽なのも知っている。流されている人が大多数なのも理解できる。
そして、それが自分に当てはまることに落胆すら覚える。

自分になにができるのか、何をするべきなのか、何が優先事項で、何が他の作業と相乗効果があるか、、、、
よく「考えろ」っていうけど、こうやって見てみたら、案外自分も考えてない人だったんだなって思ってしまう。

このコラムでのいいとこは
『つまらない作業(自分の判断がはいらない、自分の責任にならない、誰かに頼まれてやってるナニカ)をやっていると不思議と充実感がある。遅くまでやって、おれ御苦労さん感がある。』
のところ。これがかなりガツ~~ンッって響いた。
だって、今日の仕事もそうだ。作ったプログラムを動かす為のサンプルデータを作っていた。
上司に頼まれてやってた仕事。面倒くさい作業で同じようなデータをチマチマ作っていく作業で生産性はほぼない。
でも、出来た時は充実感もある。あ~、がんばった~って思える。仕事した感じがした。

「自分の判断が入らない、自分の責任にならない」ってのはラクで、与えられた仕事ってのは上司の目にも留まりやすくて、なんとなく仲間意識も持てる。
う~ん、つまり駒であり奴隷みたいなもんかな。使われていることにも気付いていない。
それが今の自分像とも言えるのか。

よくあるように、いわれたことの何倍もの成果を出せる人間ってのが有能であり、それができない、そんなんする必要無いって言うのは、無能は証拠なのかもな。
無能でもいいねんって言う人はよくいる。言い訳して何を逃げているのか。
自分にももっと戒めが必要なのかなと思うようなコラムでした。

考えなきゃ。


※モーセの十戒

ラベル:

posted by 安井 @ 23:04  
0 Comments:
コメントを投稿
<< Home
 
About Me

Name: 安井
About Me: 「清原家」は解散しました。 IT関連のお仕事。アーティストサポート集団PYNEは永遠に不滅です。 座右の銘「与えられた状況を楽しむ」 モットー「考えないのは罪」 持論「人生経験論」
詳細プロフ
iddy公開中→ yasui_
Previous Post
Archives
Links
最近のコメント

Copyright (c) 2003-2007 Y's Complex All rights reserved.